2005年01月09日

とらぬ女にとる不幸

こないだ、TVでやってた「踊る大捜査線2」をなんとなく見てしまった。
そしたら、「2」は「責任をとらない女性キャリアの話」だったのだ。(「女性キャリアは責任をとらないという話」と言い換えてもいい。)そして、この女が降ろされ、代わりにちゃんと責任をとる、男性キャリアが指揮をとり、おかげで、事件は解決する。

たしかに、女性エグゼクティブの特質として責任をとるのが苦手ということは、ビジネス本なんかによく書いてある。だけど、そういう本には、その代わりにこういう長所が、、ということも並べて書いてあるわけで、単にそれは、性差による特徴のひとつにすぎないんである。

そうそう、私は、「話を聞かない男、地図が読めない女」ではないが、性差は存在する、そしてそれのどこが悪い、派だ。どちらが優れている、ということではなく、いわゆるジェンダー(社会的性差)以外に、生まれつきの性差ってある。あるに決まってると思う。

話は戻るが、確かに映画だと、短所だけをあげつらって際立たせないと、話が面白くならないのかも。とくにこういうエンタメ系だと。しかしねえ、いくらなんでもここまで画一的な描き方はないんじゃないの。ちょい興ざめだよー。だいたい、女性全体を貶めている。所轄の婦警達が逆に素朴な責任感と意欲に満ちあふれているって描き方もあまりに類型的。女は、単純労働をやらせとけば間違いない。賢いのは間違いのもと、ってことになるぜ、気を付けないと。

キャリアの美人の女性が、実はこんなに愚かしく、結局、上から替えられてしまうって、痛快かもしれない。木訥で繊細な男のキャリアの勝利は胸がすくかもしれない。だからと言って、ここまで単純化しなさんな。いくらエンタメ映画だからって、ここまでタイプキャストすると、リアリティーに欠けてしまって、結局つまらなくなる。だって、男だろうが女だろうが、ここまでおバカな偉いサンって、あり得ないもの。それに、「いかにもそういう女っていそう」っていう描き方でもなくて、「女が偉くなるとこんなもん」っていう描き方なんだもん。アホかー。

と、こんなこともサカナ的に考えたけど、面白くないこともなかったです。主役は絶対死なないから気楽に見られるし、相変わらず、いかりや長介はカツオだしのようないい味だしているし。

織田裕二と柳葉敏郎には、特にどちらに思い入れがあるわけでもないので、他には感想もないなあ。

・・・でも、織田裕二も、確かもう30代半ば過ぎのはず。あのキャラクターでそれって、ちょっときつくない?!てゆーか、実年齢を考えてこの映画観るとギョっとするかも。彼は永遠の青年ってやつで、これからもいくのかな。行くしかないよね。老けた織田裕二って、ちょっと想像できないもの。イルハンじゃないけど、いつまでも顔だけでも若く見えることを祈るよ。

それにしても、たとえ40代になっても、顔のせいで20代青春真っ盛り的な熱血キャラクターを演じるしかないって幸せなのかな、不幸なのかな。。。
posted by miquage at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「踊る大捜査線」は好きなんですが
私もキャリアの女性の描き方には興ざめでした。
まさに、男性がつくった映画ですよね。

Posted by みかんず at 2005年01月10日 18:51
先日のドラマ「負け犬の遠吠え」では
久本雅美が責任を取るプチ・エグゼクティブを演じていました。
でもこのドラマは、専業主婦の描き方がいかにも類型的でぬるかったなあ。
Posted by 美也子 at 2005年01月10日 19:49
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