2007年07月01日

「デスノート」最終回(ネタばれ有り)

火曜日の深夜(というか、水曜早朝?)「デスノート」アニメ版最終回を、ついついオンタイムで見てしまいました。

去年終わった、原作の方は毎週読んでいたのですが、アニメは、ここのところしばらく見ていなかったので、どういう終わらせ方にするのか、気になっていたのです。

主人公の月(ライト)は、神を志向していたというか、神様ぶりっこをしていたわけで、周りの人間を、チェスの駒のようなものとして見ていたように思う。そういう人間にとって、特定の誰かとの濃い関係というのは、主観的には、存在しないのでは。

原作(漫画)の方は、このことが、回を追うにしたがって明らかになってきて、最後まで、主人公と特定の誰かの物語であることを、拒否し、裏切り、踏みにじり続けて終わったように思う。

原作でも、この勝負は、結局は、ライトとLとの一騎打ちだったのだ、ということを最後の最後の段階で暗示して、形の上では一応整えていたけど、ライトの意識上では、そんなことはなくて、結局、彼は、自分自身の「敗北」という事実だけに打ちのめされて、それだけを悔やみながら、セルフィッシュに醜く死んで行ったように思います。

ドラマって、普通、核になる濃い人間関係がないと、成立しにくいんじゃないかと思うのですが、そこを拒否し、それにより、読者の、特定のキャラクター(特に主人公)への思い入れや感情移入を拒絶しているところが、原作のデスノの面白さと、それと紙一重の味気なさにつながっていたみたいに思います。

アニメの方は、全部見ていたわけではないので、感じとしてですが、原作よりは、二人の対決の物語として成立するよう工夫があり、最後にもそれを強調したように見えました。ということは、ライトの人間性みたいなものが、最後まで残っていたということになっているわけです。だから、終わり方も、原作よりずっとウエットで美しかったです。あまりにL寄りに仕立てられていたら、ちょっと「笑止」って感じだけど、この適度に情緒的な終わり方も、それはそれでいいと思います。

・・・だいたい、私の周りのこの漫画のファンは、当然のことながら、ほとんどが、原作でもとても魅力的な、面白いキャラに描かれている、Lのファンなのだ。だから、原作も、Lが出なくなったらパタリと読まなくなってしまった人が多いのである。後から作るアニメは、この教訓を活かさなくてどうする、でしょうね。

ただ、原作の、とことんまでドライで身も蓋もないようなところは、それはそれで、少年漫画としては、スゴイし、イケてるんでないかい、と思ってます。ジャンプ漫画のテーマ(友情・努力・勝利)が、ほとんど出てこないってのも、ある意味、とってもさわやかだったし(笑) あ、それでも、一応、最後は正義の勝利になっているのかなあ。。。

というか、私個人としては、この、ライトの腐り具合が進んでいく過程みたいなもんを面白く思って原作を読んでいたので、彼が最後まで人間的な感情に心をおかされず、それどころか、どんどん人間離れして行き、ある意味清らかなままで、でも、外面的にはとても無様な死に方をとげる、原作の方が、いさぎよくて、好みだったかもしれません。あ、言うまでもない?! てか、くどくどしく書くまでもなく、バレバレでしょうけど(笑)
posted by miquage at 01:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 少年漫画>女性漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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