2005年06月26日

薔薇も蒼ざめるたそがれ時(修正済(^^;))

昔買った文庫本を整理してたら、コレットの「シェリ」が出てきました。
この本って、どっかから出てくるたびに読み返してしまうから、もう何回も読んでるかも。
でも、今回は随分久しぶりです。5−6年ぶりになるのかなあ。

続編の「シェリの最後」は割合最近読み返した覚えがあるけど、やはり、「シェリ」の方が名作だと思う。
「シェリの最後」で、主人公シェリは第一次大戦後の独特な虚無感みたいなものに色濃く支配されて、死ぬ。つまり、シェリが抱え込んだ虚無は時代的なものが多分にあって、作品自体もなんというか、時代性に支配された作品って感じがする。それに較べて、「シェリ」はずっと普遍的で、深い。
だって、テーマが「愛の無常」というか、「老い」の残酷さなんだもの。

シェリは、25歳の美青年。50歳の高級娼婦と5年越しの愛人関係にある。
ある時、18歳の平凡な素人娘との結婚が決まり、愛人はシェリをニッコリ送り出す。
だけど、シェリの方は母のような愛人がどうしても忘れられない。
何ヶ月か離ればなれの後、愛人の元に戻ってきてしまう。
しかし、一夜明けてシェリが見出したのは、彼に執着しているただの老婆にすぎず、
愛(と思っていたもの)の終焉だった。

シェリの結婚は、親同士が決めたもので、新妻は「若い」というだけで、彼にとってたいして魅力的ではない。彼女のことを愛して結婚したわけではないし、結婚してから愛するようになったわけでもない。だけど、そのうら若い妻としばらく暮らして、久しぶりに愛人にあったら、その「老い」に気づき、その瞬間に「愛」は終わってしまうのだ。

ヒデー。
つーか、なんというか、身も蓋もない話なのだ。
結局、愛は若さに勝てないんだよ。

「若さ」を「欲望」や「官能」と置き換えてもいい。
ただし、「愛」の方を「欲望」や「官能」と置き換えることはできない。
だから問題は深刻なんだ。
欲望や官能が若さに勝てないのは、その性質上当たり前というか、しかなたいだろってのがある。しかし、長年培ってきた「愛」さえも若さに勝てない(場合がある)、と突きつけられると、ほんとに無常感を覚える。

フランスって、若さより大人の魅力が買われる国じゃなかったけって思うんだけど、ここでも、それでも、人間の本質は、ここまで無常なものなのか、って愕然としてしまう。

ところで、今回、「シェリ」を読み返してみて、モーパッサンの「死の如く強し」って、これまた古い、フランスの小説のことを思い出してしまいました。「死の如く強し」は「ベラミ」なんかと較べると面白くないし、地味だけど、なんかすごく残ってます。これも「シェリ」と同じで、期待を裏切り、「愛」はやはり若さに勝てないって陰険な話なんですね。クソー。

こちらは、年配の作家(男)が、長年の愛人(人妻)が老けたのに比例して、その娘が若い時の愛人そっくりにきれいになってきたのを見て、そっちから目が離せなくなるっていう話です。当然、男より以上に、愛人の人妻は苦しみます。ダイエットして娘と同じ体型を保ち、娘と同じ服を着て姉妹のようにしてみたり、もう涙ぐましい努力をするんです。男の方もなんとかもう一度愛人を愛そうとする。でも、ダメ。何故か全然関心がもてない。還ってこない。

だけど、「死の如く強し」で浮き彫りにされるのは、作者の意図とも違うかもしれないけど、男の方の「老い」のように思います。人妻とはいえ長年慈しんできた恋人より、自分をじーさんとしか思っていない、娘の方に強く深く牽かれてまう。ああ、「死の如く強」い、哀しいオヤジのサガ。ここでも、「若さ」(もしくは「欲望」や「官能」)に「愛」が負けるわけです。

コレットはバイセクシュアルの女流作家、モーパッサンはバイかどうか知らないけど、オトコの作家(男流作家って言葉なくて残念)。この二人が、それぞれ、女と男の視点で、若い女の魅力に負けるたそがれ時の女(と男)の姿を通して「愛は無常、そして老いは残酷」というお話を書いてるわけです。(話違うじゃん、「愛は克つ」んじゃなかったのかよー、などと言ってみたくなります。)

そして、「死の如く強し」の方は、男も女も行き詰まって、無常感に打ちひしがれたまま終わります。若い娘は当然見向きもしないしねー。コレットの方は、作品を書いた時の年齢(彼女がわりと若い時の作品)にもよるのか、男女の差にもよるのか、続編「シェリの最後」で、奥さんのとこに戻ったシェリを迷走させ、若い身空での自殺に追い込んでいます。一方、女の方は、ふっくら明るい、お気楽極楽な老婆になって、楽しい引退生活をしているのだ。ああ、これもある意味無常・・・。

てなこと書きながら、実を言うと「シェリ」で素晴らしいのは、何と言っても、文章であり、ウットリするような見事な描写、それも特に男女の美形描写なのであった。(さすがバイ?!)これが楽しいので、ストーリー的にはつらいもんがあっても、読むのがやめられないのであった。

だって、例えば、シェリの美青年ぶりったら、すごいのだ。
愛人(年はいってても、超美女の高級娼婦)の真珠の首飾りを裸の胸にかけてみて、
やはり自分の方が似合う、と傲慢に主張するほどの美青年なのである(^^;)
すれ違った女達が、「信じられない、触ってみたいって感じ」って振り向くのは日常のこと。
レストランに入っていくと、座っている女達が、ご飯を食べるのを忘れてしまうのである。
不健康に遊び惚けた寝起きでさえあまりきれいなので、遊び仲間の男が本気で嫉妬するくらいなんである。
ええのう(@^^@)
で、続編での死に顔もとてもきれい。
やはり、美青年はきれいな内にあっさり若死にしていただくしかないのであろうか。。。

P.S.
本日(7月1日)、気になったとこをポチポチ直しましたー。え?まだワケわかんない!?
posted by miquage at 20:23| Comment(3) | TrackBack(2) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
すんません、TB1個消しといてください。
この頃やたら重いよseesaa。
バトンの方は気が向いたらよろしくです。
Posted by 美也子 at 2005年06月27日 16:52
ハイハイ、マダム、イルハン再プータロー記念(-_-; に、バトン、書かしてもらいます。
しかし、週末になるかも。それから、渡す相手がおらんのだ。ま、いいか。

ところで、100点満点の超絶美形男シェリは、結局、精神的にどこにも
行き場がなくなって破滅するのだ。
年増女と別れても、若い妻ともそれほどうまくはいかないのだよ。
年寄りも若い妻も、彼に夢中なことは変わりないんだがね。

イルハンも、おぜんひっくり返し続けていると、どこにも行き場が
なくなってしまうよね。
それもまた似つかわしい男ではあると思うけど。
つーか、似つかわしくなってしまったような。。

元妻の方は、マダムも前書いてたみたいにイルハンの価値を
(イルハンのお金ほどには?!)認めていなかったから、もってたのかもね。
イルハンに問答無用で言うことをきかせるチームは出てこんかなあ。。。
Posted by miquage at 2005年06月30日 00:46
>イルハンに問答無用で言うことをきかせるチームは出てこんかなあ。。。

ダメだろうね。そしたら問答無用で馬鹿な行動に出そうだ、アイツは。
本当にサッカーしたいの? って、胸ぐら掴んで訊きたくなるね。

アルパイがとっても大人に思える今日この頃。
やっぱ嫁(元嫁)の違いかなあ……。

愛の無常って、今の純愛ブームの対極にありそう。
みんなが夢とわかっていて夢を見たがってる気がするよ、今は。

バトン、ぼちぼちとやってくだされば。楽しみにしています。
Posted by 美也子 at 2005年06月30日 09:10
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ほとんど蔵出し・ミュージックバトン
Excerpt: あっちでもこっちでも見かけるミュージック(ミュージカル)バトン。 ひえ〜〜っ、こんなの来たらどうしよう……と恐れていたところが 思いもかけなかったgakkunさんから飛んできちゃったよ〜〜。 これ、..
Weblog: 真プライベート・ロード
Tracked: 2005-06-27 10:50

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